フォントをひとつ公開しました。
Nishiki-teki+01 Shinobi Iroha (にしき的忍びいろは)」と称しまして、かつて忍者が用いたと伝えられる《忍びいろは》という暗号文字のフォントです。

過去にもひっそりと世を忍ぶように公開したりしていたものですが、このたびいろいろ手を加えてリニューアルしています。
おまけとして忍者のシンボルたる手裏剣の絵文字のようなものをいろいろ入れたりもしました。縦書きにも対応しています。


詳しい説明などは同梱の readme.txt をご覧ください。


その readme.txt にしたためた内容と重複しますが、改めて図版を交えるなどして《忍びいろは》というものについての解説を以下にかいつまんで添えておきます。



江戸時代初期の延宝年間に、藤林保武という伊賀忍者の筋の者によって編まれた『万川集海』という忍法書がありまして、その中にこの暗号文字を見ることができます。


この暗号は木火土金水人身の七字を偏、色青黄赤白黒紫の七字を旁として計49の漢字のような文字を作り、その一字一字に仮名の音を割り振るという形になっています。

あくまで暗号なので、『万川集海』には文字の一覧が掲げられているのみであって、どの文字がなんという音に対応するのかについては何も述べられていません。
実際には使用者によってさまざまな割り振りかたがなされていたと考えられますが、忍者研究家の山口正之氏が仮名との対応づけの一例を示しており、それが『万川集海』の別の箇所に見える使用例とも符合するので、ひとつの妥当な割り振りかたであろうと考えられます。


かようなわけで氏の呈示した音価によるものが《忍びいろは》と称されて流布しており、忍者を扱った創作などでときおり用いられたりしています。当フォントもこれを踏襲して作ってあります。




ところで、この《忍びいろは》で「よ」の仮名が当てられる [木黄] という字は「横(よこ)」という漢字とそっくり同じ形をしています。
ほかにも「や」が当てられる [木白] は「柏(かしわ)」、「こ」が当てられる [水白] は「泊(とまる)」という漢字そのものの形になります。
このように《忍びいろは》の文字には既存の漢字と同じ形をしたものがいくつもありまして (こういうのを字形の衝突とか呼んだりします)、ゆえに大半のもの (具体的には49字中36字) はコードポイントをもつ漢字としてUCSに存在します。


ここで「し」に当たる「𨊂」、および「み」に当たる「𠎁」の2字について特筆すべきことがひとつ。
白土三平の手になる「忍法秘話」という忍者漫画の短篇集シリーズがあるのですが、それの第2巻の題名が『栬𨊂𠎁潢』(イシミツ) という忍びいろはを用いたものになっており、それが国会図書館の目録に存在するとかそのへんの理由でこれに含まれる前述の2字がこの漫画タイトルの用例のみを典拠として JIS X 0213 の第4水準漢字に採録され、それに基づいてUCSにも採り入れられた、という経緯がそこにはあります。
【イ】【シ】【ミ】【ツ】 (小学館文庫―忍法秘話)
かようなわけで、この漢字づらをした「𨊂」「𠎁」の2字は純粋に忍びいろはを出自としてUCSに忍び込んでいる文字だったりします。